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デンマーク家具のお話
デンマーク家具は、デザイナーだけの物語じゃない
1950〜70年代のデンマーク家具黄金期。
でも、本当の姿はこうです。
この三層構造の“チーム戦”こそが、デンマーク家具の正体でした。 デザイナーの図面だけでは、椅子は座れません。
ブリビがデンマーク家具を見るとき、デザイナー名と同じくらい「手の跡」を大事にしているのは、この背景があるからです。 職人が大好きです。 【参考】 Møbelsnedkeri(家具工房) |
| 小規模(2〜10人)/手仕上げ中心 |
デザイナーと直接協働
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600の工房と200の工場。職人ネットワークという“見えないインフラ”
黄金期のデンマークには、
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家具工房(møbelsnedkeri)……全国で約600〜700
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家具工場(møbelfabrik)……約150〜200
という、今では考えられないほど豊かな木工ネットワークがありました。
工房の中は、すでに分業されています。
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木取り
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突板貼り
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箱物の組み立て
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テーパー脚の加工
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仕上げと研磨
さらに、その外側には専門工房がいました。
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取手だけをつくる工房
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テーパー脚や円柱だけを挽く工房
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前板・扉フレーム専門
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研磨・オイル仕上げ専門
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真鍮金物の工房
ひとつのキャビネットには、
デザイナー+工房+工場+専門サプライヤーという、
何段もの「手のリレー」が重なっています。
結果的に、デンマークのヴィンテージ家具に、無名のものが多いのは、数多くの職人が携わっていたからこそ、でもあります。
だから、無名のもの=ザ・デンマークでもあるわけです。
丸い彫り込み取手や静かなテーパー脚など、“よく見る形”が時代のスタンダードになったのは、このネットワークの中で職人たちが形を磨き、横に広げていったからです。
職人いいね!
当時のサイドボードは、月収2~3か月分の家具だった
今、私たちは「中古のヴィンテージ家具」としてデンマーク家具に出会います。
でも、当時の感覚でいえば──それはかなりの高級品でした。
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1960年代のチーク材サイドボード(横180cm前後)は、
今の感覚でいえば 40〜70万円になります。
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アメリカ向けの輸出カタログでも、
一般家庭にとっては「一生モノの家具」という位置づけ。
それだけの値段がつけられたのは、
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仕上げまで手仕事で整える
という、手間と材料の誠実さが前提にあったからです。
「当時もいまも、もともと“一生モノ”として作られていた」
──これがヴィンテージになってもなお、現役で使える理由のひとつです。
職人すごい!
9割の工房が姿を消した。。。
1970年代に入ると、状況が変わります。
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人件費の高騰
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チークやローズウッドなどの材料費アップ
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北米不況と輸出減少
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プラスチックやスチールなど新素材家具の台頭
この波の中で、600〜700あった家具工房の大半は廃業・統合されていきました。
いま、その精神を継ぐ工房は、数十にまで減っています。
つまり、ブリビの倉庫に並ぶデンマークヴィンテージは、
「もう存在しない工房や職人たちが作った家具」
であることがほとんどです。
デザイナーの名前は残っていても、実際につくった工房や親方たちの名前は、もう辿れないことが多い。
だからこそ、残っている一台一台が、時代そのものの証言者でもあるのです。
職人万歳!
ブリビが届けたいのは、デザイナーではなく、“手の跡”の残るモノ
デンマーク家具は、デザイナーだけでは語りきれません。
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デザイナーが骨格を描き
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工房が立ち上げの形をつくり
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工場と専門工房が精度を高め
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無名の職人たちが、角と手触りの最後の調整をする
この重なりの上に、あのチークの光り方や、取手の収まりのよさがあります。
ブリビでは、「デザイナーの名作だから」だけで選ぶのではなく、その家具に残る“手の跡”ごと好きになってもらいたいと考えています。
Weave the Time and Hands──
時間と手を編むように重ねていく、というブリビの世界観は、
まさにこのデンマークの職人たちの仕事ともつながっています。
あなたの暮らしの中で、その続きを、ゆっくり育ててもらえたら嬉しいです。
デザイナーも職人もサイコー!






